行動経済学の知見とマーケティング&マーケティング・リサーチ

「人間は首尾一貫した選好を持ち合わせており、それを最大化すべく行動する」というのが、伝統的経済学の大前提でした。しかし私たちが普段物事を判断し選択する行動は必ずしもそうではありません。伝統的な経済学では、既存の理論で説明できない行動は「アノマリー」(逸脱)として片付けられていました。行動経済学は(心理学や社会学では、そしてMR(マーケティング・リサーチ)でも当然のことと思うのですが)消費者の決定は必ずしも価格や質などの「合理的」、「論理的」な要因に基づいてはいないと考え、心理学の知見や実験データを援用しながら、伝統的経済学が説明できなかったアノマリーの説明を試みます。

補足ですが、行動経済学の実験デザインやそこから得られる消費者行動に関する知見は、リサーチャーにとって、調査デザインの設計、分析・解釈の理由付けに大変役に立つと思います。

私たちの判断・決定のメカニズム

私たちの大脳には、情報処理を司る2つのシステムがあり、システム1(速い思考=直感的処理)とシステム2(遅い思考=分析的処理)と名づけられています。この2つのモードで私たちは物事を思考し、判断し選択・決定しています(二重過程理論と言います)。
システム1は情報処理が 高速自動的に働き、それを動かすのにエネルギーはほとんど必要としません(情報処理負荷が少ない)。私たちは日常生活のほとんどの場面で、システム1を用いて生活しています。 一方、システム2は情報処理に時間が必要で、それを動かすには注意力が必要で、意識的に努力しないと起動せず、動かすためにはエネルギーを必要とします(情報処理負荷が大きい)。通常の状態では努力を低レベルに抑えた省エネモードで作動しています。

例をあげれば、2×2?は、システム1が対応し、24×36?ではシステム2が対応します。ただしどちらのシステムが働くかは個人差があり、暗算の達人にとっては後者でもシステム1が対応するのかもしれません。

三木康夫

システム2の大切な働きのひとつは、システム1の判断や決定をモニターし、必要ならば修正を加えることです。システム1は印象、直感、意志を絶えず生み出し、システム2に供給しています。システム2が承認のGOサインを出せば、印象や直感は確信に変わり、行動に変わります。特に問題のない場合、つまり日常生活の多くの場合、システム1から送られてきた材料をシステム2は無修正か、少しの修正を加えただけで受け入れます。そこで私たちは自分の印象は概ね正しいと信じ、行動するのです。システム1が困難に遭遇すると(たとえばスマホを初めて購入するとき)システム2が応援に駆り出され、問題解決に役立つ的確な処理を行います。システム1と2の分担は、極めて効率的にできており努力を最小化し、成果を最大化するようになっています。

しかしシステム1は衝動的で素早い判断を生む性格のため、私たちはこのシステムを便利に使いこなしている一方(ヒューリスティクス)、時としてバイアス(ある特定の状況で決まって起きる系統的なエラー)のかかった判断をしてしまうことがあります。バイアスやエラーは本来システム2が修正すべきなのですが、システム2の最大の欠点は、怠け者でなかなか起動しないし、すぐにサボりたがり、疲れると働かないことです。
システム1がエラーを起こして、システム2がそれを修正できないときに、私たちは不合理な判断をします。

(注)システム1と2のシステムが脳内に分かれて(たとえば右脳と左脳)存在するような印象がありますが、脳内でどの部位がどちらのシステムに属するといった明らかな区分や役割分担があるわけではありません。

バットとボールの問題

有名な問題をひとつ。人が直感によって答えを出す一例として、バットとボールの問題があります。即答してください。
Q:ここにバットとボールがあります。2つあわせて1100円です。バットはボールよりも1000円高いです。ではボールの値段はいくらでしょうか?

ボールの値段は100円。・・・ではありませんね。
システム1で考えると、ボールの値段は直感的に100円と考えがちです。システム2に思考を渡してじっくり考えると、ボールの値段は50円であることが分かります。

認知的錯覚のひとつ:プロスペクト理論とは?

ダニエル・カーネマンの著書、「ファスト&スロー あなたの意志はどのように決まるか? 上、下」」(早川書房)には、不確実な状況下における意思決定モデルの「プロスペクト理論」を初め、人間の意思決定のプロセスとそこで生じる陥りやすい罠について、実験を踏まえた事例が数多く紹介されています。
プロスペクト理論によれば、人間は問題に対し、何らかの「決定フレーム」(参照点)を当てはめて意思決定をします。決定フレームとは意思決定をする人が、その問題に何らかの概念付けを行って選択する、という考え方です。

有名な問題をもうひとつ。(n=150 の調査結果)
Q1 あなたはどちらを選びますか?
A 確実に240ドルもらえる・・・84%
B 25%の確率で1000ドル貰えるが、75%の確率で何も貰えない・・・16%

Q2 次に、あなたはどちらを選びますか?
A 確実に750ドル失う・・・13%
B 75%の確率で1000ドルを失い、25%の確率で何も失わない・・・87%

Q1では被験者の大半がA(リスク回避)を選び、利得の可能性のあるギャンブルより、確実な利得を選びました。Q2ではさらに多くの被験者がB(リスク追求型)になり、確実な損失よりもギャンブルを選びました。
利得を含む選択の場合はリスク回避が働き、損失を含む選択の場合はリスク追求型になっています。私たちは利得よりも損失を重く見る傾向があります。(損失回避性)
プロスペクト理論によれば、消費者の損失についての反応は利得よりも厳しいということです。(図表1を参照ください)

プロスペクト理論とは?

価格調査におけるプロスペクト理論

消費者の商品に対する価格の知覚はどうなっているのでしょうか?消費者が商品の価格について高いか、安いか判断するプロセスは図表2のとおりです。商品の価格評価は消費者が抱く期待価格(これを内的参照価格といいます)と実際の価格の差で、(安い、妥当、高い)が評価されます。ここで大事なのが「参照点」(Reference point)です。この場合の参照点は消費者の内的参照価格になります。価格調査でPSM(Price Sensitivity Measurement)を採用するのは、この内的参照価格を見定めていることに他なりません。プロスペクト理論によると、200円お得と感じた(参照点より200円安い)ときの満足度のレベルを1とすると、200円損した(参照点より200円高い)時の不満足度は1.5~2倍程度になるといわれています。

価格の評価(内的参照価格)

リーダーの戦略とチャレンジャーの戦略とシステム1&2

私たちの普段の買物がシステム1の直感的思考によるヒューリスティクスで行われるということなら、マーケットのリーダーの戦略は「疑いなく買い続けてもらうこと」です。
「何でいつも同じものばかり買ってしまうのか?」といった疑問を消費者に持たさないことです。逆にチャレンジャーは、何とかシステム2にお出ましいただく戦略をとらなければいけません。具体的には、リーダーは、多様な製品ラインで棚スペースを確保、チャレンジャーと同等あるいは上回るリマインダー広告の投入などです。一方チャレンジャーはサンプル配布、消費者の注意を喚起するプロモーションの企画などです。

リサーチャーは倫理的であること

私たちは、マーケティングのアプローチで、消費者行動の初めから終わりに至るまで、消費者のシステム1を刺激して、関与度を上げたり、態度変容を迫ったりして利用しています。システム1の特性を利用すれば、私たちの心の操作も可能かもしれません。
マーケティング・リサーチにおいても、私たちが普段何気なく設計している調査デザインや調査票、コンセプト、インタビュアーの態度などで調査対象者に対して知らず知らずのうちに、バイアスをかけているのではないでしょうか?あるいは意図的にバイアスをかけるという誘惑もないとはいえません。(図表3では行動心理学の実験のいくつかを紹介しています)
我々リサーチャーは本当に消費者のためになることは何かを考え、倫理を高く持たなければならないと思います。

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