オールドリサーチャーの半歩遅れのコラム

マーケティング・リサーチ(MR)は「不要」なのか?

問題提起

「マーケティング・リサーチは必要ない」という話が最近よく聞こえてきます。優良企業のネームバリューのある方々が講演や定評のあるメディアでこのような趣旨のことを述べられるので影響力は小さくありません。またごく最近ではビッグデータやソーシャルメディアの分析あるいはこれらの情報とマーケットシェアの情報を関連付けることによって、市場や消費者の動向は捉えられるので、消費者に直接質問するようなMRは不要である、という意見もあります。

一方で上記と同じステイタスの方々やマーケティング関連の専門家はカスタマーセントリック(顧客中心主義)が何より重要と言っています。カスタマーセントリックとは顧客を正しく理解し、その理解に基づいて企業が戦略・戦術を立案・実行していくことと私は理解しています。顧客を理解する手段のひとつとしてMRも重要なツールのひとつだと思うのですが、このようなくい違いがどうして起きるのかを検討したいと思います。

日本のMRの特徴

まず始めに日本のMRの歴史的な特徴についてまとめてみたいと思います。現在でもそうですが日本企業のMRの支出は欧米諸国のそれに比べかなり劣っています(英、仏、米に比べGDP比で1/2~1/3、広告費を100としたときのMR支出は1/2~1/4)。日本では下地としてMRの基盤が強くないことから、MR不要論は一層インパクトがあると思われます。

何故日本のMR市場はそれほど強くないのか(なかったのか)の理由を、私なりに整理すると次のとおりです。

  • 日本企業では終身雇用制が一般的なので、マーケティングや販売担当はその道の経験が長く、プロとして“目利き” であり、市場を熟知していると考えている
  • セールスパーソンの質が揃い、有力店舗をカバーし、市場の機会や問題点をマーケティング部門や営業部門にいち早く上げてくる(彼らが調査員であり、リサーチャーでもある)
  • マーケティング上の意思決定はコンセンサスによることが多く、消費者情報はあまり必要としない
  • 新製品は小売店に“押し込み”が可能であり、小売店は売り切ってくれる。失敗しても損失は重大でない
  • 製品のライフサイクルが短く、MRのリードタイムがとれない
  • マーケティングやMRを広告代理店に丸投げする会社が少なからずある
  • 大学にMRの講座があるところが少なく、MRの人材が育たなかった

最近のMR不要論・・・スティーブ・ジョブズ氏

次に最近のMR不要論について考えます。MR不要論の元になっているのは、何と言ってもスティーブ・ジョブズの次のような言葉でしょう。

「フォーカスグループによって製品をデザインするのはとても難しい。多くの場合、人は形にして見せてもらうまで、自分が何が欲しいかは分らないものだ。」
「卓上計算機しか使ったことがない人にマッキントッシュがどういうものか訊ねても答えられなかったでしょう。それについて消費者調査をするのは無理です。ともかく作って見せ、“どう思う?”と聞くしかありません。」

この言葉がMR不要論になるのは短絡過ぎると思います。確かに今までにないような斬新なアイデアを商品化しようとするなら、それが今までに存在していない以上、その良し悪しを消費者に直接確認することは出来ないでしょう。訊かれたほうもそれが良いか悪いかの判断材料を持っていないのですから。しかし消費者にそれが自分にとってどんな良いことがあるかをプロトタイプで見せたり、コラージュのようなビジュアルでベネフィットや使用シーンを見せたりすることができれば、消費者の評価は得られるのではないでしょうか?

「携帯電話にカメラ機能がついたら欲しいか?絵文字は?お財布機能は?」では全くお話しになりません。実際、FMCGのコンセプトテストでは、(ずいぶん昔から)製品の写真やプロトタイプとコンセプトを消費者インサイト、ベネフィット、RTB(Reason to believe)のフォーマットで消費者テストすることが多いのですから(私のコラムの第4回を参照ください)。

Steve Jobs 語録

スティーブ・ジョブズは「iPhoneの登場以前にいくら調べても、顧客は自分がiPhoneを欲しているなんて理解していないだろう」とも言っています。それでは彼は消費者ニーズとは関係なく画期的な新製品を次々とヒットさせていたのでしょうか?
西内啓さんが「統計学が最強の学問である [ ビジネス編 ] 」で次のような趣旨のことを述べています。

初代iPhoneが発表された2007年の時点で既にe-mailの送受信やウェブブラウジングが出来るBlackBerryがヒットしていたし、日本のキャリアが提供するiモードのようなフューチャーフォンもあり、既に膨大な数の人間がインターネットを通じ、メールや検索、SNSを利用していました。この時代に、可能であれば外出中もストレスなくインターネットを利用したいと思う人間は少なからず存在したはずです。顕在化しそうな大きな(潜在)ニーズはあったのです。「24時間いつでもどこでもPCと同じくらいノンストレスでインターネットに接続できる何か」というニーズはMRであぶりだせたはずです。またジョブズがこのニーズに気がつかないわけはないはずです。多くの企業がこのニーズにチャレンジしてiPhoneだけが成功したのは天才的な経営者やデザイナーによるすばらしい製品だからです。

西内さんの結論は「これまでにないすばらしい製品を生み出す」を言い換えると「過去にあった製品のうち不要なものを大胆に削り、重要なものを大胆に増やすことができた」です。ブルーオーシャン戦略と同じ考え方です。

iPhoneやアップルのその他の画期的な新製品の成功は稀有の天才だからなしえたことと思います。新製品の成功を一握りの天才に託さず、ビジネスの世界で汎用化しようとすると、消費者ニーズを理解し、それに基づいてプロトタイプを作り、それを一層洗練させていく(最近はやりの)「デザイン思考」の考え方が近いのではないでしょうか?

ちなみに、ジョブズは次のような言葉も残しています。
「“優れた芸術家は真似をし、偉大な芸術家は盗む”とピカソは言った。だからすごいと思ってきたアイデアをいつも盗んだ。」

またジョブズを一層擁護するとすれば、次の言い方ができるのかもしれません。
「本来のマーケティングは消費者をしっかり調査し、彼らが欲しがるものを知り、それを商品化すること。ジョブズは消費者をしっかり調査し、彼らは知らないけれど、彼らが欲しがるものを理解し、それを商品化した。」

iPhoneのニーズはリサーチでわからなかったのか?

最近の調査不要論・・・高岡浩三氏(ネスレ日本社長兼CEO)

高岡さんはHBRや日経ビジネス(2015.11.02)で次のように述べています。その要旨は:
「マーケティングとはお客様の問題解決です。消費者が気がついている問題解決とそうではない潜在的な問題解決があるが、重要なのは後者です。前者は市場調査をすれば誰もが気がつくもので、すぐにライバルに真似されてしまう。だから私は市場調査が嫌いで‘コンシューマーインサイト’と称して市場調査の結果から分かった気になってはいけないと社内で強く言っているのです。つまりヒット商品作りの秘訣とは、解決すべき問題を探すことなんです」

この言葉が調査不要論に結びつけられるのも短絡的だと思います。消費者に欲しいものを質問したり、不満点を質問して、新製品のアイデアに結びつけるのがMRだと思われているとしたら大きな問題です。確かに一昔まえのMRはそうであったかもしれません。ですが最近では消費者インサイトを探索、潜在的なニーズをあぶりだす様々な調査アプローチが試され、コンセプト化する仕組みがある程度は出来ているのではないでしょうか?

ビッグデータやSNSでMRは不要になるか?

たとえば、ビッグデータやSNSの情報の中の“ある変数あるいは変数の組み合わせ”と銘柄の購入意向に相関があるということが分かれば、短期的には購入意向の変化を追跡するMRは必要ないのかもしれません。でもそれだけで消費者のReason whyがわかるのでしょうか?マーケティング戦略の立案やROIの評価が出来るのでしょうか?どのような先端技術であれ、技術の向こうにいる消費者の理解なくして設計されたツールは使えないのではないでしょうか。

またMRは消費者に直接質問することに限りません。POSデータの解析、TV視聴率、店舗での導線トラッキング、二次データの分析などもMRです。MR会社が調査をしなくてもビッグデータやSNSの収集・分析はMRなのです。

意思決定は直感で、勘が大事

マーケティングやMR関係のセミナーや講演などで、著名なゲストスピーカーが「意思決定は直感でしました」とか「意思決定に一番大事なのは勘」であると言われることがあります。私はMRを含めた様々な情報を使っていないようなイメージを聴衆は持ってしまうのでは?といつも不安になります。

“意思決定”の定義は、「目標を明確にした上で、可能な限りの情報収集のもとに論理的に構成された選択肢をいくつか策定し、経験と勘に基づいて“直感”で最適解と考えられることを選択する」ことだと思いますが、「可能な限りの情報収集」というところが見逃されている気がしています。

サントリーホールディングス会長の佐治忠信さんは、「経営に一番大事なのは勘で、勘を磨くことは大事です。この場合の勘は第六感的な勘ではなくて、やはり自分の知識や経験、あるいは人から聞いたことが蓄積されたもので、それが最後の決断をさせるのだと思います」としています。また将棋の羽生善治さんは、その著書「直感力」で「直感は何もないところからでてくるわけではない。考えて、考えてあれこれ模索した経験を前提として蓄積させておかなければならない」と記述しています。

マーケティング・リサーチの定義に戻ると・・・

AMA(アメリカマーケティング協会)が定めたマーケティング・リサーチの定義の要約に関しては、第32回のコラムで述べましたが、改めて図表3で紹介します。

マーケティング・リサーチの定義

重要と思われるポイントは、MRは「情報を通じて、消費者、顧客及び一般大衆とマーケターをつなぐ機能」であり、具体的には:1 マーケティング上の機会と問題を明らかにする(それをベースに戦略や戦術を設計する)、2 マーケティングの課題を解決する(4Pに代表されるマーケティング戦略=製品選定、価格設定、チャネルの選定、プロモーションなどの意思決定のため)、3 マーケティング活動の成果を検証(そして次の活動サイクルの出発点)です。

当然といえば当然ですが、MRの役割は、マーケターのマーケティング上の目的および課題に対応しています。図表4にあるこれらの情報は普通の企業であれば、系統的に収集・分析しているはずです。そしてその中にはMRによる情報収集も含まれているはずです。

MR不要論(使えない)はある部分(画期的な新製品の想像やビッグインサイトの探索)には存在するかもしれませんが、全体としては必要不可欠なものであると理解して頂きたいと思います。ただしMR情報を収集するだけでは成功は期待できません。企業にとっての競争優位性は情報を持つ、持たないで決まるのではなく、どのように情報を利用するかで決まるのだと思います。

MRはどんな情報ニーズに応えるか

参考までに、「デザイン思考」についてまとめました。

(参考)デザイン思考

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